食の大切さを伝える「糧」大江さん

2018.12.10

千葉県出身の大江健太さんは津和野町の旧畑迫病院で毎日の食事の大切さをコンセプトにした「医食同源」を推奨しているカフェを営んでいます。ハウスメーカーの仕事からカフェ店主へ転身した軌跡のお話を伺いました。

 

―この建物はクラッシックですね。昔は何をしていた場所ですか?

ここは明治時代に鉱山業で財を成した堀礼造氏が、地域の人たちへ安く医療を提供するため設立した「畑迫病院」です。昭和59年に閉院しましたが建物は残され、平成28年に昔の畑迫病院が垣間見られる診療室等の展示室を開館しました。自分が経営している「糧」は、この病院の一部を借りて行っています。

 

―「糧」とはどんなカフェですか?

食事はランチのみ。他の時間はカフェタイムです。私と地元のお母さんの2人交代でランチをつくっています。「医食同源」をテーマに、地元の旬の野菜を使った和食メニューをお出ししています。他には月に8回程度ワークショップも行っていますよ。ワークショップでは、スパイスを使ったカレーづくりなどの料理教室や調味料の作り方、また、もともとここは病院だったので「癒し」をテーマとした整体やヒーリングヨガ教室なども行っています。                                                                                              

―スパイスの量り売りをもしているのですか?珍しいですよね。

はい、スパイスやカラダに優しい調味料、小豆などの量り売りも行っています。

「糧」という名前を付けたのも、糧になることを学べる場にしたかったからです。「糧」という字は「米」と「量」。米を測るなど、自分の〝ちょうど良さ〟を選択するなどという意味合いも込めています。

 

―大江さんはもともと料理人さんですか?

いえいえ。出身地にある千葉県のハウスメーカーで100軒ほど家が建つ大きな分譲地を売って家を建てる仕事をしていましてた。「家」は人の暮らしに大切なものなので、やりがいがあり楽しかったです。

 

-びっくりです!ハウスメーカーの営業さんだったのですか?

しかし、ふと疑問に思ったのです。この大きな分譲地には、多くの人が住み「暮らし」があります。その中で、やはり自治会などのコミュニティの場が大切なんじゃないかと。しかし、ハウスメーカーでは「コミュニティ」まで手が回らず、仕事として何か大切なものが抜けているような気持ちを抱えていました。その頃に東日本大震災が起こり〝コミュニティ〟の脆弱さが浮き彫りとなる報道も飛び出してきました。そこでインターネットでコミュニティづくりについて調べるていくうちに、いろいろなイベントや勉強会があることを知り参加しました。その中で知り合った仲間とホテルの廃墟をリノベーションしてアトリエにし、まちづくり活動を行っていました。そのリノベーションをしたことがきっかけで建築のデザインをやっみたいと思うようになったのです。

 

―最近はリノベーションが流行ってますよね! もしかして島根に来るきっかけですか?

そうなんです。まちづくり活動の知人の紹介で島根県におもしろいリノベーション建築の仕事をしているチームがあると聞き、そこへ見学に行ったのが初島根でした。そのチームが行っている活動や建築に感動し、即参加しました。

しかし…想像を超える仕事量なんです!プランの立案から建築デザイン、施工の図面の作成、現場にも行って、お客様に引き渡すまで全てこなすわけです。おもしろい反面、1人対しての仕事量の多さとハードスケジュールが重なりました。その結果、体を壊し倒れてしまいました。

そして、もともとあったアトピー性皮膚炎が重度の状態となり、身動きできなくなりました。

そんな中〝今から治すのであれば、こだわって治したい!〟と考え「食でカラダを良くしよう!」と思ったのです。それから自然療法やカラダの循環など、病床の中で本を読んで勉強し、実践しました。

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