さんべ縄文の森ミュージアム(三瓶小豆原埋没林公園)

島根県大田市にある縄文時代の森。日本遺産「石見の火山が伝える悠久の歴史」構成文化財

イベント

【実施済】月イチガク⑥「響く!なぜ鳴る琴ヶ浜~鳴砂の科学~」

 

 国にいくつかの鳴砂海岸が知られている。鳴砂ネットワークの調査によると、およそ200ヶ所あるらしい。

 

「結構たくさんあるではないか。」

 

そう思う向きもあろう。しかし、砂が鳴ることをイメージできる人は少ないのではないか。「砂場の砂だって上を歩けばかさこそと音がする。何が珍しいというのだ?」と疑問を持つ人もいるに違いない。

 

砂が鳴ることへの疑いは、琴ヶ浜のよく乾いた砂の上を歩くと一瞬で霧散するだろう。浜に降り、最初の一、二歩は疑いがさらに深まるかも知れない。

 

「普通の砂じゃないか。」

 

 確かに、防潮堤近くの砂が鳴ることはほとんどない。ところが、波打ち際に向かって歩くと、ある瞬間にちょっとした異変を感じるだろう。靴底の感触が変わるのだ。それまで、踏まれるままに足裏から逃げようとしていた砂が抵抗を示し、その違和感を確かめるために強く踏みしめると「グッ」と明らかに音を立てるのだ。

 

「鳴る、鳴ってる!」

 

 そう、琴ヶ浜の砂は音を奏でる。たたくように強く押すと鳴る。砂の表面を手でこすっても鳴る。不思議な音を奏でる。

 

 そして、琴ヶ浜の鳴砂は超一級品。これほど明瞭な音を奏でる砂浜は他にほとんどない。

 

 琴ヶ浜の砂を見ると、色が白っぽく、粒がよく揃っていることに気づくはずだ。この2つは砂が鳴る条件に関係している。

 

 色が白っぽく見えるのは成分が関係している。琴ヶ浜の砂は石英という鉱物の割合が多く70%を超える。石英のきれいなものは水晶と呼ばれる。琴ヶ浜は水晶の浜と呼んでも良いかも知れない。

 

 石英は基本的に無色透明。この粒の割合が多いので琴ヶ浜の砂は白っぽい。そして石英は硬くて丈夫だ。こすり合わせても簡単には削れない。この硬さゆえに、こすれたりぶつかったりすると硬質な音を発する。この音が鳴砂の音の源だが、砂粒が発する音はごく小さく人が聞き取ることができるものではない。小さな音が人の耳に届く大きさになることは、粒の大きさが揃っていることが関係している。

 

共鳴、共振という言葉で説明されるメカニズムだが、目に見えない現象だけにイメージしづらい。音は空気の振動として伝わる。空気がゆれる波だ。波には周期があり、これが重なると波が大きくなる性質がある。メガホンを使うと音が大きくなるが、これも反射した音の波が重なることで大きくなる。言葉は難しいが身近な現象でもある。

 

 同じ大きさの砂の粒は、同じ波長の音を出す。例えば木琴は鍵盤の大きさで音階が決まる。強くたたいても弱くたたいても、「ド」の音は「ド」、「シ」は「シ」だ。砂粒が同じ波長の音を出し、その波が重なることで大きな音になる。粒の大きさがばらばらだったら波が重ならず音は小さなままになる。硬い石英、大きさが揃った粒、このふたつが鳴砂の要素だ。

 

“石英の割合が高く、粒の大きさが揃った砂が鳴る。”

 

 これが鳴砂の条件。ところがこれだけでは不十分。わずかでも汚れが混じると音は失われる。琴ヶ浜の砂を器に入れて幾度も鳴らし続けると、間もなく音は鈍くなりやがて鳴らなくなる。少しずつ削られてできた微少な粒子が砂粒の間に入ると、音を発さなくなる。油分でも同じだ。

 

 汚れによって音を失った砂も、その汚れを取り除くと再び音を発するようになる。琴ヶ浜で汚れを取り除く役割を果たしているのは海だ。打ち寄せる波が砂を洗い、音を奏でる状態が保たれる。波が穏やかな日が長く続くと砂は音を失い、強い波が押し寄せると音を取り戻す。海が汚れていたら、砂を洗うどころか汚してしまうので、きれいな海であることも必須の条件になる。

 

 琴ヶ浜はいくつもの条件が揃った奇跡の浜なのだろう。

 

条件が揃っていることは分かった。でも、それはなぜだ?

 

 近くにもきれいな砂浜はいくつもある。湯里の浜、福光の浜は砂の白さ、粒の揃い具合ともに琴ヶ浜にひけを取らないように見える。

 

 琴ヶ浜の砂が鳴る理由を知るには大地を作っている岩石と地形を探る必要があるだろう。まず気になるのは、その砂がどこからやってきたかということだ。

 

 砂の起源を直接知ることは難しい。高度な分析で砂の特性を調べて起源を知ることは不可能ではないかも知れないが現実的ではない。状況証拠を集めて推理するしかなさそうだ。

 

 陸地側にどのような岩石が分布しているかは状況証拠のひとつになる。現在の地形で考えると、琴ヶ浜に流れ込む川の流域と、沿岸流が砂を運んで来そうな範囲を見れば良いと思ってしまうが、おそらくそんなに単純ではない。もっと広い範囲を見た方が良い。

 

 琴ヶ浜の背後にあたる範囲として、江の川流域を想定しよう。そこには石英に富む岩石が広く分布している。具体的には、花こう岩、流紋岩、デイサイトがそれにあたる。近くでは、背後に迫る山群の山すそに石英質の砂が厚く分布していることが注目される。この砂はおよそ100万年前に当時の海岸付近に堆積したものだ。地形が現在とは大きく異なる時代のもので、その砂の供給源は江の川流域程度の範囲が想定される。

 

 さらに近い範囲では、浜の背後にある高山はデイサイト、浜の両側の岩盤は流紋岩質の凝灰岩で、いずれも石英に富む。高山の麓には10万年以上前の砂丘の砂もある。これらが琴ヶ浜の砂の供給源になり得るもので、石英に富んだ岩石かそこから流れでた砂があることがわかる。

 

 浜の地形は、東に松ヶ鼻、西に鞆の鵜ノ島に挟まれた半円形の湾だ。湾内は遠浅の砂底で、その砂が両側の岬を越えて移動することはないように見える。砂は湾内では波によって動かされながらも外に出ることはなく、長い時間留まっている。砂が波にくり返し洗われると、弱い鉱物は壊れて失われて丈夫な石英の割合が高くなる。浜の地形が石英の割合が高まる条件を持っている。

 

 琴ヶ浜の半円形の湾は波の力が均一に近いことも特徴だ。延長1.5kmにも達する浜の全体で砂の大きさに大きな差がなく、どの地点にも同じ程度の波が寄せていることがわかる。そのために、浜のほぼ全体が鳴砂になっている。

 

 流れ込む川にも注目してみよう。

 

 琴ヶ浜に流れ込む川はごく短い小河川がいくつかあるだけだ。背後の高山の山麓は水が染み込みやすい地層でできていて、川の流れは弱い。そのおかげで浜に流れてくる土砂は少ない。土砂の供給が多いと浜の砂粒は種類と大きさがまちまちになり、鳴砂の条件を満たせないが、琴ヶ浜ではそのようなことがない。

 

 周辺の状況証拠は、鳴砂が成立する条件を示しているようだ。

 

 地形の条件を生み出した要素として、浜の背後に迫る高山とその南に連なる山群に注目したい。この山群は大江高山火山の峰だ。200万年前頃から70万年前頃にかけて活動した火山で、大小40以上の火山体を作り出した。この山群があることで、中国山地側から流れる川は琴ヶ浜の近くに至ることができず、高山は浜に流れ込む水の範囲をごく狭くしている。鳴砂の成立に火山が重要な役割を果たしている。

 

 いくつもの条件が重なることで生まれた琴ヶ浜の鳴砂だが、ピンチもあった。1960年代から浜がやせて狭くなり、砂の流失を止めるために離岸堤が設置された。これによって浜は広くなった代わりに砂が鳴らなくなった。波の力が浜に達しにくくなったことで砂が洗われなくなってしまったのだ。

 

 鳴らなくなった浜を復活させたのは、離岸堤を海面より低い沈水堤に変更したことだった。設置して間もない離岸堤を鳴砂の復活のために作り替えるには隠れた苦労があったという。

 

 沈水堤になったことで、波は堤防を越えて浜に届き、離岸流は弱まることで砂の量は維持されつつ、波に洗われる状態になった。こうして鳴砂は復活した。

 

 沈水堤に作り替える英断がなければ、琴ヶ浜の鳴砂は失われ、天然記念物に指定されることもなかった。指定されたことで、鳴砂を保つことの法的な根拠が初めて生まれたが、堤防を作り替えた当時は「地元の思い」があるだけで、根拠はなかった。

 

 馬路地区では盆踊りと運動会が浜で行われる。琴ヶ浜は古くから暮らしとともにある場所で、使いながら浜を守ってきた。浜は地区の誇りである。その思いを行政に携わる人がくみあげて、再工事という思い切った決断を下した。琴ヶ浜の鳴砂が今も鳴り続けることは自然の条件だけでなく、人の「思い」のおかげでもあることを覚えておきたい。

カテゴリー 教室
日時 –
会場 仁摩サンドミュージアム