漆がつなぐ唯一無二のもの 島根の漆職人 長屋さん

2024.03.05

 

 

ウルシの樹液からとれる「漆(うるし)」を使用し、一点一点、手間と技術を駆使して仕上げる「漆塗り」は、日本の美しい伝統工芸のひとつです。
 

従来の伝統的なデザインに加え、現代の暮らしに寄り添うポップな作品で注目を集める漆職人 長屋桃子(ながや ももこ)さんに、近年サステナブルな素材としても注目される「漆」の魅力や、自分の好きなモノを大切に使い続ける豊かさについて話を伺いました。

 

 

―まず、漆との出会いをお話いただけますか?





私と漆の出会いは、金沢美術工芸大学で漆工芸を学んでいるときでした。
 

1年生のときは陶芸や染織、金工など一通りのジャンルを学び、その中で漆芸(しつげい)を選んだのが始まりです。

 

 

それまで漆工芸は赤か黒みたいなイメージだったのですが、美大では漆をアートとして捉えていて、装飾に繊細な螺鈿(らでん)細工などを取り入れた芸術的な表現を見たとき、その可能性と美しさに惚れ込みました。
 

それから大学院まで漆芸を学び、2021年に金沢から島根に帰ってきました。

 

 

―漆はどのような素材ですか?

 



漆は日本や中国、アジア地域で栽培されるウルシの木の仲間で、木の幹に傷をつけて樹液を取り、天然の樹脂塗料として使います。
 

乾くと表面が硬化して防水、防腐、防虫作用などを生み、高い耐久性を持っています。

 

 

また、強い接着効果があり、縄文時代には矢じりを作る際に接着剤として使われていたという研究があります。
 

現在は中国産が多く、品質の高い国産漆はとても希少で、芸術品や神社仏閣など文化財の修復に使用されています。

 

 

木の食器や箱、盆などに漆を塗ったものを「漆器(しっき)」と言います。
 

福島県の会津(あいづ)漆器、福井県の越前(えちぜん)漆器、石川県の山中塗(やまなかぬり)・輪島塗(わじまぬり)など116県に産地があって、島根県では明治時代、松江に「八雲塗(やくもぬり)」が誕生しています。

 


 

日本海側や東北に産地が集中しているのは、漆に空気中の水分と結合することで固まる性質があるからで、湿度の高い島根の気候は漆工芸に適しているんですよ。

 

 

―近年、「漆」はサステナブルな素材としても注目されていますね

 



樹液なので、水に流しても環境を汚さず土にも還ります。
 

工芸に使う際も、燃料や電気、大量の水を使うことがなく、また、プラスチックのように残り続けることもないので、近年はサステナブルな素材としても注目されています。

 

 

漆器は大切に使えば何十年と使うことができ、傷やひびが入ったりしても塗り直して修復できるのも魅力です。
 

こちらは戦前に使われていた「割子そば」の器です。
修繕を依頼された方のおじいさまが昔お店で使われていたものだと伺っています。



 

戦前のものなので、作られてから100年。
 

ただ直すのではなく、私が「ここからもう100年未来につなぐ」という気持ちで向き合っています。

 

 

この器が持つ大切な思い出と共に、また次の方に使っていただいて、歴史を重ねていけるようにと願いながら修復しています。

 

 

―漆の接着効果を生かした「金継(きんつ)ぎ」も関心が高まっていますね

 

 


漆は自然界にある接着剤として最も強いとされていて、壊れた陶器のかけらをつなぎ合わせ再生させる技法にも使われていています。
 

漆でかけらを繋いだ上に金や銀の粉で装飾する「金(銀)継ぎ」が、特に女性のなかでブームになっています。

 

 

「金継ぎ」は「金繕(つくろ)い」とも言い、日本の「繕う」という文化が表現されていて、私は好きですね。
 

時の経過や質素な中に「趣(おもむき)」を感じる「侘(わ)び寂(さび)」の世界観がそこにあり、「kintsugi」として海外でも注目されているようです。

 

 

この工房には、持ち主の思い入れのある大切なモノが持ち込まれます。
 

ただ直すだけでなく、繋ぎ目も新たな模様として唯一無二の器に生まれ変わり、新しい価値をプラスできることがいいですね。

 

 

私たちの生活の中には、例えば服を解いて布巾にしたり、廃油で手作りキャンドルを作ったりして別の物に姿を変えながら使い続けられるものがいっぱいあって、使える限り使うという精神もステキだと思っています。

 

 

本当に好きなものを大切に長く使う方が増えているように思います。

特に若い世代はこだわりを持っている印象ですが

 



物を多く持つことが豊かさの象徴だった時代から、今はリサイクル社会になって、自分の好きなものを大切に使い続けたり、経年変化を「あじわい」として楽しむなど、「豊かさ」が変わってきたのを感じます。

 

 

 

特に若い方はものの背景にある意義や歴史、「ストーリー」を楽しむことが上手ですよね。
オリジナルや一点ものも好まれます。

 

 

 

漆製品も、塗り直しによって元通りにできること、直す際に違う色をオーダーすれば「今の自分が好きなもの」に更新することができることなど、若い人たちにしてみれば新しい発見でもあり、注目されているのだと思います。

 

 

長屋さんのポップな作品を見ると漆器のイメージが変わります!

 

 

自分の作品の中で特にお椀が好きで11個違うデザインや形で製作しています。
 

お椀は口に直接触れる器ですので、口当たりの部分にも気を配り吸いつくように考えて作っています。

 

 

拭き漆(ふきうるし)を施した箸や、食卓に馴染むカラフルなスプーンもとても人気です。
漆は抗菌作用が強いので、赤ちゃんの御食い初めにもおすすめ。

 

 

主に建築で使われる日本古来の加工技術「名栗加工(なぐりかこう)」に根来塗(ねごろぬり)を施したスマホケースも好評いただいています。

 

 

簪(かんざし)は、何か出雲にゆかりのある品を作りたいと思い、古事記に「かんざし」が出てくることから着想を得て作り始めました。
 

素材は箸を作ったときに出る端材を活用しています。

 

 

 

ご家庭によっては、ご飯茶碗のように自分専用のお椀を持つ方もあると思います。
 

みんな手の大きさや食べる量、好みのデザインも違いますし、お椀の使い方もそれぞれ。「みんな違ってみんないい」です。
 

私はお椀が「使う方自身を表すもの」だと思っているので、選ぶときにはわくわくしながら自分に合うものを見つけて欲しいですね。

 

 

 

毎日使っていれば、時には傷がついたり、割れることだってあると思います。
 

でも大丈夫です。漆なら直すことができます。
 

自身のように大切にしてください。長いお付き合いができるはずです。

 

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